アザラシの香りに包まれて
――『空の穴』奮筆記――
穐月 彦
昨年の5月に、この仕事のお話をいただいて、熊切監督に初めてお会いした時、優しい目をされてるというのが第一印象でした。
と、言うのも名前が熊切、しかも前作は『鬼畜大宴会』。これは絶対にヤバイと、内心ビビリながらの顔会わせでしたから。
既に監督の書かれた第一稿が存在し、『空の穴』の雛型となった『二人しばれた』の原稿も読まさせていただきました。
それを元に決定稿を仕上げる作業を開始したわけでしたが、シノプシス、ハコの組換え、刈り込み等の作業は思ったよりも難航し、
当初の締め切り予定を大幅にオーバーすることとなりました。
ただ、監督から各シーンのイメージが続々と沸きあがってくる分、こちらとしても仕事がしやすかったのも事実です。
私は個人的に監督のお父様をモデルにした主人公・市夫の父、旭のキャラクターが気に入っています。
執筆中に監督から、御祖父様が戦争中に、空を飛ぶB−29をぼんやりと横になって見つめていた、と言う話を聞きましたが、
そこに旭のある意味、浮世離れした生き方の原点があるように思います。
北海道の広い大地がそうさせるのかもしれませんが、挽馬レースに興じながら、人間の小ささを笑い飛ばせる器の大きさを旭に
感じてしまいます。
話が少々、脇道に逸れましたが、一番苦労したのはヒロイン妙子の芝居でしょうか。
なかなかキャラクターが定まらず、どうも市夫にうまく絡ませることができず苦労しました。
しかも、私たちの作業場でもあるフィルム・シティのスタッフルームには、ある日から異臭が漂うようになったのです。
そうです! 劇中に登場する「アザラシの死体」に使う皮(「オホーツク産の極上品」だそうです)を担当の助監督・N山氏が、
こともあろうか、スタッフルームの洗濯機でほぐし始めたのです。
その強烈な悪臭に耐えながらも、妙子は徐々に姿を現し、菊地百合子さんがヒロイン役に決まったことで、彼女のキャラクターを
最大限に活かさせてもらい、7月末『空の穴』の脚本は無事完成しました。
あれから1年が経ち、監督、寺島さん、スタッフ、キャストの皆さんの力で作品は完成し、今秋ユーロスペースで公開となりました。
今はアザラシ臭いの消えたスタッフルームに入るたびに、あの臭いが少し懐かしく思われます。 |
●穐月 彦 あきづき げん (共同脚本)
1975年、愛媛県生まれ。
高野山大学、日活芸術学院卒業後、2003年までフィルム・シティに所属する。 |
2000年 |
『「紅の拳銃」よ永遠に』(脚本協力)で映画に関わる。 |
2001年 |
『空の穴』(共同脚本)で映画デビュー。 |
他にCS BiGチャンネル『パチプロ放浪記』の脚本も手がける。 |
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